【火垂るの墓】考察 誰が本当に悪かったのか解説

「火垂るの墓」の中で最終的に清太も節子が亡くなったのは「親戚のおばさん」と「清太」どっちが悪い!?
子供のころは、「親戚のおばさんが悪い」と思っていたけど、大人になってみるとおばさんの気持ちも分かる・・・
西宮のおばさんと清太どっちが悪いか? おばさんと清太の関係性と両方の目線から考察してみました。
西宮のおばさんと清太どっちが悪かったと思うか皆さんの意見を投票で聞かせてください! また他の方がどのように感じているのかも投票結果で確認できます。
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「火垂るの墓」を考察

子供の頃は、清太や節子の視点で見ていた「火垂るの墓」も、大人になるとおばさんの気持ちがよく分かりますよね。。大人になった筆者が、もう一度作品を考察し解説してみました。
皆さんは清太と西宮のおばさんどっちが悪い?と思いましたか? どう感じている人が多いのか気になりますよね。是非回答お寄せくださいね!
皆さんのご意見も聞かせてね♪
親戚のおばさん目線 イライラする関係になった3つの理由

母親が亡くなり清太が身を寄せたのは西宮にある親戚のおばさんの家。空襲で家から焼け出された場合、双方を頼るようにとお互いに決めてあったのです。
子供時代「火垂るの墓」を見ていた人は、おばさんって意地悪だなと多くの方が思ったはず。しかし大人になって見直していると、おばさんが悪くないとは言わないけど筆者がおばさんの立場でも同じ言動を行ったと感じます。おばさんが清太にイライラをぶつけた3つの理由をまとめました。
おばさんは、ストレス一杯に💨
内容をショート動画でもまとめたので楽しんで見てね。
理由その1:血のつながりはない
清太&節子は西宮のおばさんと親戚といっても血のつながりはない遠い親戚だったからです。
おばさん宅には、おばさんと娘さんと、下宿人の男性と、おそらく出兵中の旦那さんがいます。
さらに清太(14歳)と節子(4歳)の2人を引き取ることになったおばさん。
ただでさえも生活が苦しいのに、さらに食費が掛かる2人が増えたことでお金と労力が掛かり、さらに小さな節子の声にもイライラして清太に強く当たることもあり関係は悪化していきます。
理由その2:海軍の家柄で裕福なので不公平感がある
清太&節子は、映画の冒頭で描かれているように海軍さんで非常に裕福な家柄だったのです。一方庶民のおばさんは不公平感を感じていたのです。
戦時中で、生活が苦しいところにさらに食い扶持が2人増えてしまい、なんで自分がこんなに大変な思いをしなければならないのだろうと思うのは当然ではあるのです。
理由その3:清太が学徒動員で働かない
清太の通う学校は戦争で焼かれてしまったために、学校に行くこともなく、学徒動員として例えば工場で働くでもなく家で過ごしていました。
清太からすればそれ以外やることがなかったのでしょうが、おばさんは忙しいのに赤の他人が家にいるというのがストレスだったのでしょう。
清太の罪
清太目線で見れば西宮のおばさんは意地悪だし、大人目線で見るとおばさんの言動もやむ負えないと共感できてしまいます。
しかし相手はまだ中学生の子供です。以下の問題があったのではないでしょうか。
- 新しい西宮の家で何をすればいいのか分からなかった
- 良家の長男で一般の男子よりどこか浮世離れしていたところはあったかも
- 男の人が家を手伝うという発想が全くない時代
何をすればいいか分からなかった
確かに、戦争中でありながら、西宮のおばさんは家族の家事や食事つくりで忙しいのに、清太はのんびり横になりながら過ごしたり、節子のためにピアノを弾いたりして喜ばしていました。。
大人であれば、他人の家に居候しているのだから何かしなければならないと「おばさん、何かやることありませんか?」と家事や掃除を部分的に手伝うのではないでしょうか。
でも清太は新しい西宮のお家で何をすればいいのか分からなかったのではないでしょうか。筆者自身も大人になり一人暮らしするまでろくに自分の部屋すら掃除する習慣はありませんでしたよ。
良家生まれの浮世離れがあった
ましてや清太は良家の長男。お父さんは海軍のエリートとして日本のために闘っていました。そのため一般の男の子よりどこか浮世離れしたところがあったかもしれません。
また清太の中に、西宮の家は一時的な住まい、いつかお父さんが迎えに来てくれてあの高級住宅街である実家に戻れると期待していたのでしょう。
男子厨房へ入らずの時代だった
清太が家でのんびり過ごしていたのは男の人が家の仕事を手伝うという発想自体なかったのではないでしょうか。
男の人は外で働くものでした。なので学校も焼けてしまったので行く場所がなかったのでしょう。
清太の目線

おばさんとの関係が悪化して、家出をした清太。清太と節子は自由を得て最初はキラキラとした毎日を過ごしていました。
4歳の節子からしたら、西宮のおばさんの家もお兄ちゃんとの外の世界も同じように見えたかもしれませんね。
筆者も小学生の頃、友達と冒険をしたとき未知の世界にワクワクしたことを覚えています。
節子は4歳とずーーっと小さいですが、家出した後もお兄ちゃんとの冒険に行くような気分だったのかもしれませんね。
しかし現実は厳しく、衛生感のない環境や、次第に食材は底をつき、母親のお金も使い果たし、生活は厳しくなっていきます。
清太は生きるために、畑から野菜や果物を盗み、空襲のときは民家に入って盗みを働きました。
節子はどんどん弱っていきましたが、節子もまた兄に心配を掛けまいと不調を伝えなかったこともあるのでしょう。
清太もまた節子の状況の危険さをハッキリ把握することができまず、節子は亡くなっていきます。
「家を出て自由になりたい!」というのは多くの10代が同じことを考えると思います。清太が親戚のおばさんの家を出て自由に生きたいというのは、成年の万能感と言えると思います。
しかし、状況は現代のようにコンビニのお弁当が捨てられているような現代とは全く異なるのです。食べ物がないのです。
ですから、子供、しかも戦時中の子供が生きていけるわけはありません、、よね。。。
社会からの孤立

親戚のおばさんの家を出て自由を求めた清太が行き詰ってしまったのは、必ずしも家を出ただけや食料の足りない時代だったからでもないでしょう。
清太は家を出てから、隣組に入ることもできませんでした。
今であれば、市役所や近くにある自治会館などに行けば配給がもらえるのではないかと思いますよね。いちいちどこに住んでいるかなど確認する必要があるのかなと。
しかし戦時中は隣組単位で行われており、隣組経由で食糧供給が行われていました。
そのため国から支給されるお米などの配給も清太は受け取ることができず、国民の全てに配給されていた福祉をも得ることができなかったのです。
清太が、終戦をしばらくたってから知ることになったように社会の接点から孤立していることを表しています。
青年の万能感から家を出た清太が、家族から孤立し、社会のネットワークからもはじき出されて2人で必死に生きていく話です。
おそらく、これは子供だけでなく、大人であっても、家族からの保護や、社会の保護から切り離されたら生きていくことはできないのではないでしょうか?
現代の社会にも社会の安全ネットワークというのは存在しています。
それは、どこかの会社の正社員として勤め、一生涯の生活費を保証されてその中でお金に困らず育ち、学校を出て大人になったら、どこかの会社の正社員として勤めるいわゆる社会のレールです。
レールの外は厳しいヨ
筆者も会社を辞めたい経験があるので、レールの外がいかに厳しいか身をもって体験しています。大人でもレールの外は厳しいの
大人である西宮のおばさんんの責任である
私たちは、トラブルが起きた時に必ずどちらが悪いか、悪い方に罪があったとされます。
当時14歳で中学2年生である清太に罪を着せるのは筆者は虐待であると思います。 やはりここは大人である西宮のおばさんの責任であることはハッキリしています。
だってお互いいざというときは、助け合うように西宮のおばさんと、清太のお母さんは約束していたからです。
筆者は、大人である西宮のおばさんに責任があったが、当時はおばさんも精いっぱいだったためにどちらも責められないと思います。
スタジオジブリの岐路となる作品へ
ジブリ作品3作目となる「火垂るの墓」はスタジオジブリの岐路となる作品だったんだそうです。
「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」と、子供向けの冒険活劇がテーマになっています。
ここで、文芸作品をアニメで作ることでジブリ作品の幅を広げることができたのです。
もし3作目もまた冒険活劇となると、以前より斬新で過激なストーリーを考えないといけなくなるかもしれませんよね。冒険ものである限り視聴者はより強い刺激を求めるようになるからです。
私たちが今まで見てきたジブリ作品は、初期のころの作品は冒険活劇ですが、その後の作品は人間物語が多いと思いませんか? 私たちにとって当たり前のこの路線は「火垂るの墓」で作られていったのです。
まとめ
「火垂るの墓」をもう一度楽しみたい方は、原作小説がおすすめ。29ページという短編小説なのでカンタンに読むことができます。
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「火垂るの墓」アニメと原作には3つの違いがあります! 以下の記事を参考にしてね。
「火垂るの墓」の考察記事を書くに当たり参考にした公式データや書籍類をこちらのnoteにまとめまし


